2022年10月17日、サッカー元日本代表で横浜FC中村俊輔の今季限りでの引退が報道された。2002年夏から2005年夏までの3年間毎日取材した立場から、「引退報道時」にこれだけは書き記したい、と構想していたエピソードを一つだけ紹介します。※「レジーナ」は日刊スポーツ表記に統一
各国エースのみが履くことを託されたアディダスの白との決別
2002年夏、セリエAレジーナの練習場サンタガタで初めて中村俊輔と出会った。前年にGK川島永嗣のパルマ短期留学時に通訳を担当した縁か、日刊スポーツからレジーナ現地通信員の話をいただき、練習を初取材した日だった－。
2002－2003から2004－2005まで在籍したレジーナ3シーズンの練習と試合を、全て取材した。もちろん日刊スポーツの一員として知り得た情報の守秘義務をリスペクトすべく、他媒体や各種SNS等での発信はこれまで控えてきた。ただ「中村俊輔引退報道」の際には、無数にあるエピソードの中で一つだけ書き記したいことがあった。それが「日韓W杯で履く予定だった幻の白スパイク」。思えば、失意の日韓W杯落選からの切り替え、未練を断ち切り真の意味での2006年ドイツ大W杯出場へ向けた第一歩を踏んだ日のようにも映った。
イタリアのつま先にある、裕福とは言えない街レッジョ・ディ・カラブリア。典型的な地方の弱小クラブを絵に描いたレジーナのセリエA復帰に伴う補強の目玉が、中村俊輔だった。もちろんジャパンマネー獲得の狙いもあったが、アマ－ラント（臙脂）の背番号「10」は黄金の左足とともに、calcioサポーターをうならせ、そして口さがない一部現地メディアをも黙らせた。
2002年の秋だったか。サンタガタから歩いて15分ほど、後にイタリア代表として通算116試合に出場した「マエストロ」アンドレア・ピルロが住んでいた出世部屋とも言える俊輔の自宅マンション。バランスボール、スーツケース、スニーカーとともに大量にあるスパイクの中から1足を手にした俊輔は「このスパイクを履いてワールドカップに出る予定だったんだけどね。ただ、いつまでも持っているようじゃ、次のドイツ大会に出られない。良かったらもらってくれないかな」。
日韓W杯にも多数出場する契約選手を抱えるアディダスにおいて、各国エースのみに託された白のスパイク。イングランド代表ベッカム、フランス代表ジダン、イタリア代表デル・ピエロ…。当時のサッカーシーンを彩るスターのみが履くことを許されたモデルだった。やんわりと断る工程を経て、それならと譲り受けた。
未練を断ち切ったのか、未来への歩みへと切り替えたのか－。豪華タレントが揃う当時世界最高峰リーグだったセリエAで輝きを放ち、在籍3シーズン全てでセリエA残留を置き土産にスコットランドの名門セルティックへと移籍した。2006年ドイツW杯、2010年南アフリカW杯出場後に代表を引退。そして2022年10月17日、引退報道－。
日韓W杯落選後、自らに言い聞かせるように俊輔が紡いだ言葉がある。「悔しさがあるから、また強くなれる」。
失意の落選から20年、第一線で走り続けた稀代のファンタジスタの引退－。履くことなく終わった「幻の白スパイク」は、長年の歳月を経て色褪せてしまった。だが、その左足で描いた芸術は、いつまでも色褪せることなく語り継がれるだろう。
今季限りでの引退、本当にお疲れ様でした。いつの日か、俊輔ジャパンの誕生を願って。
※ワールドカップ出場の夢を叶え、ユニフォームを脱ぐ決断をした今、このスパイクはいつでもお返しいたします。
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